取材:2021年4月
吉田 茂生 先生
久留米大学医学部
眼科学講座 主任教授
DME治療における抗VEGF薬の位置づけ
糖尿病網膜症の病態には、血管内皮増殖因子(VEGF)の血管新生促進や血管透過性亢進の作用が深く関与しており、抗VEGF薬のDMEに対する有効性も多数の大規模臨床試験で示されてきた1)。例えば、第Ⅲ相試験のVIVID/VISTA試験2)やVISTA-DME試験の延長試験であるENDURANCE試験3)等のエビデンスを踏まえ、現在では、抗VEGF薬は光凝固に代わりDME治療の標準治療になりつつある4)。
近年の臨床的なエビデンスを考慮して提案された、DME治療のフローチャート(図1)においても、抗VEGF薬が多くの場合に第一選択薬となっている5)。非増殖性糖尿病網膜症(NPDR)で中心窩に及ぶDMEのうち、物理的な原因があるものでは硝子体手術(または抗VEGF薬またはトリアムシノロンアセトニド硝子体内投与)を行う。物理的な原因がない場合、有水晶体眼で毛細血管瘤(MA)がなければ抗VEGF薬のみ硝子体内投与、MAがあれば抗VEGF薬硝子体内投与と遅延局所光凝固を行う。眼内レンズ挿入眼でMAがなければ抗VEGF薬またはトリアムシノロンアセトニドを硝子体内投与し、MAがあれば遅延局所光凝固も行う。中心窩に及ばないDMEでは局所光凝固が推奨される。増殖性糖尿病網膜症(PDR)におけるDMEに対しては、トリアムシノロンアセトニドテノン嚢下投与または抗VEGF薬硝子体内投与と汎網膜光凝固を行うとされている。
図1:糖尿病黄斑浮腫に対する治療のフローチャート
Yoshida S, et al.: Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol. 2021; 259: 815-836
Protocol T試験のエビデンスに基づくDME治療戦略
Diabetic Retinopathy Clinical Research Network(DRCR.net)による大規模臨床試験であるProtocol T試験では、中心窩に及ぶDMEを有する患者を対象として、アイリーアと他の抗VEGF薬の硝子体内投与について比較検討した6、7)。主要評価項目である52週目における最高矯正視力文字数のベースラインからの変化量は、アイリーア群では+13.3文字であり、ラニビズマブ群に比べて矯正視力文字数が有意に改善した(p=0.03、ANCOVAによりベースライン視力を調整し、Hochberg法により多重性を調整)。しかし、ベースライン視力別の層別解析の結果、ベースライン視力20/32~20/40の患者群では群間差は認められておらず、ベースライン視力20/50以下の患者群での群間差により有意な影響を受けていることが示された(交互作用、p<0.001、ANCOVAによりベースライン視力を調整し、Hochberg法により多重性を調整)。ベースライン視力20/50以下の患者群において、アイリーア群はラニビズマブ群に比べて有意な改善を示した(p=0.003、ANCOVAによりベースライン視力を調整し、Hochberg法により多重性を調整)(図2)。当試験の結果に基づき、特に視力が20/50(0.4)以下のような視力不良例においてはアイリーアが有力な選択肢であることが示唆される。2年目においては有意差は認められなかったが、患者の治療意欲、QOLの観点から初年度の治療効果を考慮することは重要である。
図2:Protocol T試験:最高矯正視力文字数のベースラインからの変化量の推移(層別解析:ベースライン視力別、海外データ)
注)統計解析はベバシズマブ1.25mg投与群を踏まえた結果を示す
ANCOVAによりベースライン視力を調整し、Hochberg法により多重性を調整したp値および信頼区間
欠測値は多重代入法を用いて補完し、平均値から3SD以上の外れ値は除外
The Diabetic Retinopathy Clinical Research Network: N Engl J Med. 2015; 372(13): 1193-1203
Wells JA, et al.: Ophthalmology. 2016; 123(6): 1351-1359 ※承認の範囲内の症例群のみに限定し、一部改変
実臨床での抗VEGF薬治療
2000~2015年にわが国の27施設で治療を開始したDME患者を2年間追跡した後ろ向き研究8)では、抗VEGF薬の2年間の平均投与回数は約4回であったと報告されている。RISE/RIDE試験やVIVID/VISTA試験等の大規模臨床試験においては、抗VEGF薬の毎月投与または隔月定期投与で治療が行われたこと9、2)、Protocol T試験における2年間の投与回数の中央値は両群15回であったこと7)を鑑みると、実臨床における抗VEGF薬の投与回数は少ない傾向にあると考えられる。
実臨床における抗VEGF薬治療は経済的な負担が大きく、また検査と注射のための頻回な来院も、特に就労年齢層では大きな負担となるため、患者個人の病態にあわせた効率的な治療レジメンや併用療法が検討されることが望ましいと考えられる。
抗VEGF薬の硝子体内投与を受けた、中心窩に及ぶDMEを有する20例25眼を対象とした、九州大学病院で行われた後ろ向き研究10)では、ベースライン時から3ヵ月時点までの最高矯正視力変化量と、ベースライン時から12ヵ月時点までの最高矯正視力変化量の間には正の相関がみられた(r=0.60、p<0.005;ピアソンの相関係数)(図3)。3回連続毎月の導入期投与後の視力結果は、導入期以降にも抗VEGF薬を継続投与するべきかを判断するための有用な情報となると考えられ、当院でも実際に、DMEに対する抗VEGF薬治療として3回連続毎月の導入期投与を行っており、導入期投与後の反応性の評価のもと、その後は必要時投与を行うことを基本としながらも、患者個人の病態にあわせて、できるだけ早期から十分な治療を実施したいと考えている。
図3:ΔBCVAM3とΔBCVAM12におけるPearsonの相関係数
DMEに対する抗VEGF治療の初期反応に基づく視覚的予後に関する後ろ向き研究
目的:
DMEに対する抗VEGF治療の初期反応と視覚的予後との関係を検討する。
試験対象:
中心窩に及ぶDMEを有する患者20例25眼(2014年2月~2016年4月に九州大学病院にて検査を実施し、12ヵ月以上追跡可能であった患者を登録)
試験デザイン:
後ろ向き、連続患者登録方式
投与方法:
導入期投与として抗VEGF薬3回毎月投与後、OCTで中心部黄斑浮腫が改善するまで、あるいは視力が安定するまで随時(PRN:pro re nata)投与を行った。
評価項目:
ベースラインから3ヵ月時点までの最高矯正視力変化量(ΔBCVAM3)とベースラインから12ヵ月時点までの最高矯正視力変化量(ΔBCVAM12)の関係 など
解析計画:
ΔBCVAM3とΔBCVAM12の関係は、Pearsonの相関係数によって決定した。
安全性
本試験において、いずれの眼も臨床的に重大な合併症は認められなかった。
Koyanagi Y, et al.: Ophthalmologica. 2018; 239: 94-102
利益相反:本論文の著者にBayerより謝礼および研究費を受領した者が含まれる。
しかし、経済的な負担などにより抗VEGF薬治療に対する患者の受け入れが難しい場面も少なくないため、OCT画像を一緒に確認しながら、「生活や仕事に不便のない視力を目標とするためには、特に中心窩にかかるような浮腫はしっかりと治療することが非常に大切である」という点を伝え、特に初年度の積極的な治療継続を推奨している。また、さまざまな報告7、11)にあるように「経年的には必要とされる投与本数が減少する可能性がある」という点も伝え、治療に前向きに取り組んでもらえるよう工夫している。特に運転免許の継続取得を希望する患者や、概して活動性が高いと考えられている若年層の患者については、積極的な治療継続を実施するよう心掛けている。
1) Dugel PU, et al.: Clin Ophthalmol. 2016; 10: 1103-1110
2) Heier JS, et al.: Ophthalmology. 2016; 123(11): 2376-2385
3) Wykoff CC, et al.: Br J Ophthalmol. 2018; 102(5): 631-636
4) Kodjikian L, et al.: Eur J Ophthalmol. 2019; 29(6): 573-584
5) Yoshida S, et al.: Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol. 2021; 259: 815-836
6) The Diabetic Retinopathy Clinical Research Network: N Engl J Med. 2015; 372(13): 1193-1203
7) Wells JA, et al.: Ophthalmology. 2016; 123(6): 1351-1359
8) Shimura M, et al.: Br J Ophthalmol. 2020; 104(9): 1209-1215
9) Brown DM, et al.: Ophthalmology. 2013; 120(10): 2013-2022
10) Koyanagi Y, et al.: Ophthalmologica. 2018; 239: 94-102
11) Schmidt-Erfurth U, et al.: Ophthalmology. 2014; 121(5): 1045-1053
Protocol T試験の試験概要(海外データ)
注意:
Protocol T試験のラニビズマブの用量は0.3mgですが、日本でのラニビズマブの糖尿病黄斑浮腫への適応は0.5mgです。
ベバシズマブは糖尿病黄斑浮腫に対して試験実施国(米国)および日本で未承認であるため、ベバシズマブ群の結果を削除しています。
試験概要
中心窩に及ぶ糖尿病黄斑浮腫(DME)を有する患者を対象に、(1)アイリーア硝子体内投与、(2)ベバシズマブ硝子体内投与、(3)ラニビズマブ硝子体内投与の有効性および安全性を比較検討すること
中心窩に及ぶDMEを有する患者660例660眼※1
多施設共同無作為化比較試験
対象患者を、アイリーア2.0mg投与群、ベバシズマブ1.25mg投与群、ラニビズマブ0.3mg投与群の3群に無作為に割り付けた。いずれの治療群においても、初回投与後は再治療プロトコルに従って再治療が行われ、24週目以降はレーザー実施基準に従ってレーザー治療が実施された。52週目までは4週ごと来院とし、52週目以降は4週ごと来院を基本とし、疾患状態および治療内容に従って8週ごと、16週ごとの来院に延長可能とされていたが、52週目と104週目は全患者の来院が規定されていた。
主要評価項目:1年目における最高矯正視力文字数のベースラインからの変化量(ベースラインの最高矯正視力で調整)
副次評価項目:1年目における試験実施計画書に従った硝子体内投与回数 など
その他の評価項目:2年目における最高矯正視力文字数のベースラインからの変化量(ベースラインの最高矯正視力で調整) など
安全性の主な評価項目:投与手技に関連する※2、薬剤に関連する(眼※3、全身性※4)有害事象、硝子体内投与後1ヵ月目および1年目の血漿中VEGF濃度およびその変化量 など
心筋梗塞・脳卒中の既往歴の有無別のAPTC定義に基づく動脈血栓塞栓事象の解析† など
†本事後部分集団解析は、アイリーアの添付文書で規定する「9.特定の背景を有する患者に関する注意」のうち、「9.1.2脳卒中又は一過性脳虚血発作の既往歴等の脳卒中の危険因子のある患者」に関連する解析結果のため掲載しています。
※1:試験対象眼は各患者片眼のみとする
※2:眼内炎、牽引性網膜剥離、裂孔原性網膜剥離、網膜裂孔、白内障、眼内出血、眼圧上昇
※3:炎症、牽引性網膜剥離、牽引性網膜剥離の悪化・黄斑部への進行
※4:高血圧、腎事象、胃・消化管事象、APTC定義に基づく動脈血栓塞栓事象
APTC:Anti-Platelet Trialists’ Collaboration
1)The Diabetic Retinopathy Clinical Research Network: N Engl J Med. 2015; 372(13): 1193-1203
2)Wells JA, et al.: Ophthalmology. 2016: 123(6): 1351-1359
利益相反:本試験で用いられた薬剤(アフリベルセプト)はRegeneronより提供された。著者にRegeneron、Bayerから経済的支援、謝礼を受領している者1、2)、Regeneronの株式所有者2)が含まれる。
なお、本試験の資金提供組織はNational Institutes of Health(NIH)であり、プロトコルの作成、実施、データの管理についてはDRCR.netが主体である
●本邦におけるラニビズマブの糖尿病黄斑浮腫に対する用法及び用量
ラニビズマブ(遺伝子組換え)として1回あたり0.5mg(0.05mL)を硝子体内投与する。投与間隔は、1ヵ月以上あけること。
安全性
試験眼に発現した眼の主な有害事象†(2年間)
全身性の主な有害事象†(2年間)
Wells JA, et al.: Ophthalmology. 2016; 123(6): 1351-1359 ※承認の範囲内の症例群のみに限定し、一部改変
(ICH国際医療用語集(MedDRA)のコード化を用いたメディカルモニターに基づく事象)
†:発現率5.0%以上とする