エビデンスベースで考える抗VEGF薬治療のリスク&ベネフィット

Ophthalmology Web Conference
開催日:2021年8月18日

杉本 昌彦 先生

杉本 昌彦 先生

三重大学大学院医学系研究科
臨床医学系講座眼科学
病院准教授

糖尿病患者の動脈血栓・塞栓リスク

高齢や糖尿病は動脈血栓・塞栓のリスク因子であり、久山町研究において、加齢に伴い脳梗塞、脳出血、くも膜下出血及び冠動脈疾患の発現頻度が増加することが明らかになっている1)。また、海外の研究では、糖尿病の罹患により虚血性脳卒中発症リスクが高くなること、糖尿病の罹患期間が長いほど発症リスクは上昇することが報告されており2)、糖尿病による血管ダメージの蓄積が示唆される(図1)。この研究では、実際に虚血性脳卒中を発症した患者が調査対象となっているが、糖尿病患者においては無症候性の脳梗塞の頻度も高いと報告されている3)。また、心筋梗塞においても、特にDMEや増殖糖尿病網膜症(PDR)があると発症リスクが高くなり4)、同様に無症候性の心筋梗塞が多いと報告されている5)

DME治療の際には、このような背景因子のある患者が対象となっている可能性を考慮する必要があり、抗VEGF薬投与を行う場合のリスクマネジメントが重要と考えられる。

図1 虚血性脳卒中のリスクと糖尿病罹患期間の関係

図1 虚血性脳卒中のリスクと糖尿病罹患期間の関係

* 年齢、性別、人種、教育、保険、胴囲、喫煙状況、アルコール消費量、身体活動、収縮期血圧、心臓病の病歴、LDLコレステロール、HDLコレステロールで調整した
† 糖尿病のない参加者を対照とした

対象:
前向き集団ベースのコホート研究であるThe Northern Manhattan Study(NOMAS)に参加した、脳卒中既往歴のない40歳以上の集団3,298例(登録時に糖尿病であった患者716例、非糖尿病であった参加者2,582例(うち、糖尿病を新規に発症した患者338例))

方法:
糖尿病の発症は毎年評価した(中央値:9年)。虚血性脳卒中の発症率は、ベースライン時の糖尿病の有無、時間依存共変量としての糖尿病の有無、時間変化共変量としての糖尿病の罹病期間を主要な予測因子とし、Cox比例ハザードモデルを用いてハザード比と95%信頼区間を推定した。モデルは人口統計学的要因、行動的および医学的リスク因子で調整した。

Banerjee C, et al. Stroke 2012; 43: 1212-1217.

DME治療における抗VEGF薬のリスクマネジメント

VEGFに関する基礎研究により、VEGFを阻害することで血圧上昇や血栓形成が促進される可能性が示唆されている6)。硝子体内投与においてもこのような影響があるかについては、加齢黄斑変性に対する抗VEGF薬硝子体内投与後における血中VEGF濃度の変化が複数の施設から指摘されている7,8)。また、DMEにおいてもアイリーア投与後、血中VEGF濃度が低下したことが報告されている9)。しかし、この血中VEGF濃度の低下が動脈血栓塞栓症を誘発するかは不明である。

そこで、抗VEGF薬投与により動脈血栓塞栓症などの全身イベントを引き起こすならば、そのような臨床イベント発現前に疾患リスクを反映する因子に変化を認める可能性があると考え(図2)、検討を行った10)。抗VEGF薬硝子体内投与を行ったDME41例41眼(22眼にアイリーアを投与)を対象として、初回投与前、1週後、1カ月後に、血管梗塞疾患関連分子(心ミオグロビン、心トロポニン、ICAM-1、MCP-1、MMP-8、Tenascin-C、TSP-2、TIMP-1、VCAM-1、IL-6)、凝固関連因子、VEGF、PlGFを測定した。その結果、アイリーアの投与から1ヵ月後においても血中VEGF濃度は有意に減少(p<0.05、Non-repeated ANOVA)したが、血管梗塞疾患関連因子においては有意な変化を認めなかった(Non-repeated ANOVA)。このことから、抗VEGF薬硝子体内投与による血中VEGF濃度の低下は、あくまでVEGFの挙動であり、動脈塞栓症のリスクを反映する因子に変化はみられなかったが、VEGFの挙動と動脈塞栓症の発現との関連性については議論が残り、多施設共同によるランダム化比較試験(RCT)における更なる検討が必要と考えられる。

図2 抗VEGF療法と動脈塞栓事象リスクの検討

図2 抗VEGF療法と動脈塞栓事象リスクの検討

杉本昌彦先生 ご提供

ランダム化比較試験(RCT)における安全性の検討

2010年以降、DMEに対する抗VEGF薬硝子体内投与の有用性が複数のRCT11-13)から示唆されており、安全性についても検討されている。

DMEに対する抗VEGF薬の有効性および安全性を薬剤別に検討したDRCR. netによるProtocol T試験13)(アイリーア投与群における糖尿病罹病期間の中央値は15年)では、アイリーア投与によるAnti-Platelet Trialists'Collaboration(APTC)定義に基づく動脈血栓塞栓事象の発現率は224例中12例(5%)であった(図3)。

一方、DMEに対する抗VEGF薬毎月投与に関するメタ解析の結果14)では、抗VEGF薬の2年間の毎月投与により、脳血管障害や死亡のリスクが高まる可能性が示唆された。通常の診療においてDMEに対して抗VEGF薬を2年間毎月投与することはあまりないが、少なくとも動脈血栓塞栓症のリスクが高い患者に対する頻回投与には注意が必要と考えられる。しかし、RCTはあくまで条件の整った症例群の解析であり、実臨床下(Real World)との乖離は避けられない。RCTに反映されない実臨床での安全性を示しているのがReal World Evidenceであり、近年注目されている。 

注意: Protocol T試験のラニビズマブの用量は0.3mgですが、日本でのラニビズマブの糖尿病黄斑浮腫への適応は0.5mgです。ベバシズマブは糖尿病黄斑浮腫に対して試験実施国(米国)および日本で未承認であるため、ベバシズマブ群の結果を削除しています。

図3 Protocol T試験(海外データ):事前に規定された注目すべき全身性の有害事象(2年間)

図3 Protocol T試験(海外データ):事前に規定された注目すべき全身性の有害事象(2年間)

¶:ICH 国際医薬用語集(MedDRA)の器官別大分類の胃腸障害の事象を含む。
#: MedDRAの器官別大分類の内因性腎障害を示す腎および尿路障害事象のサブセットに加えて、他の器官別大分類の血中クレアチニン上昇もしくは異常または腎移植を含む。

Wells JA, et al. Ophthalmology. 2016; 123(6): 1351‒359.

Real World Evidence研究における安全性の検討

Real World Evidenceの代表的なものが保険データベースであり、厚生労働省レセプトデータベースや特定検診等情報データベース等がある。レセプトデータは実臨床における診断・治療情報そのものであり、これらのデータを匿名化された状態で入手し解析するのがReal WorldEvidence研究である。例えば、米国の診療報酬請求データベースを用いた抗VEGF薬の全身への影響を調べた研究では、約9万例の患者を対象に抗VEGF薬硝子体内投与の全身合併症リスクの検討が行われている15)。このように保険データベースにより桁違いの症例数を検討できるが、保険データは高額であり、セキュリティの問題もあり利用が難しい。

患者レジストリは、患者の疾患、治療内容、治療経過などを管理するデータベースであり、多施設臨床研究や学会主導の患者登録事業、特定使用成績調査(PMS)等が挙げられる。例えば、J-CRESTグループによるSTREAT DME Study16)では2049例の患者レジストリを構築、解析している。

日本国内においてDMEに対するアイリーアのPMSが実施された17)。2014~2019年の期間で、調査予定症例数は600例、最大観察期間は2年とした。安全性解析対象646例中、12例(1.9%)に副作用が認められ、そのうち眼以外の副作用は4件で、脳梗塞2件、心筋梗塞1件、顔面神経麻痺1件であった。本PMSにおける有害事象としての動脈血栓塞栓事象の発現は6件(0.9%)であった(図4)。

これらの結果を評価する際、実臨床においては、医師の判断でリスクがある患者には抗VEGF薬の投与を控えることがあることも考慮する必要があると考えられる。また、その反面、投与回数が少なくなり、視力や網膜厚の改善効果はRCTと比較して低くなる可能性も考慮し、個々の患者に応じた個別化治療を検討することが望ましいと考えられる。

安全性解析対象症例:
646例(2年未満データ収集症例:299例、2年データ収集症例:347例)

年齢:
<平均±標準偏差>64.9±11.2歳 <中央値(最小値、最大値)>66.0(26,89)歳

性別:
男性62.7%、女性37.3%

糖尿病網膜症の病期分類:
単純糖尿病網膜症24.1%、増殖前糖尿病網膜症42.6%、増殖糖尿病網膜症26.8%、不明6.5%

観察期間:
<平均±標準偏差>565.8±324.3日(約19ヵ月)

投与回数:
<平均±標準偏差>3.6±3.0回

前治療歴:
なし25.7%、あり72.9%(内訳※:汎網膜光凝固術75.8%、副腎皮質ホルモン剤39.1%、他の抗VEGF薬24.6%等)、不明1.4%

図4 アフリベルセプト硝子体内注射液40mg/mLのPMSにおける安全性

図4 アフリベルセプト硝子体内注射液40mg/mLのPMSにおける安全性

※1:副作用、有害事象の種類別発現症例(件数)率
※2:涙嚢炎1例
※3:角膜炎及び潰瘍性角膜炎1例
※4:眼圧上昇、高眼圧症を眼圧上昇と定義して集計した
※5:本剤投与時に妊娠が確認された症例はなく、胚・胎児毒性事象は入手されなかった
※6:MedDRA標準検索式[SMQ虚血性心疾患(広義)及びSMQ虚血性中枢神経系血管障害(狭義)]を用いて広く集計した

アイリーア硝子体内注射液40mg/mL 特定使用成績調査(PMS)の最終報告 -糖尿病黄斑浮腫(DME)- アイリーア適正使用ガイド(第5版)


参考文献
1)Kubo M, et al. Stroke. 2003; 34(10): 2349-2354.
2)Banerjee C, et al. Stroke 2012; 43: 1212-1217.
3)Palacio S, et al. Stroke 2014; 45(9): 2689-2694.
4)Xie J, et al. JAMA Ophthalmol. 2017; 135(6): 586-593.
5)Ohtomo K, Acta Ophthalmol. 2014 Sep; 92(6): e492-3.
6)Zarbin MA. Asia-Pac J Ophthalmol. 2018; 7(1): 63-67.
7)Wang X, et al. Am J Ophthalmol. 2014; 158(4): 738-744.
8)Avery RL, et al. Br. J. Ophthalmol. 2014; 98, 1636‒1641
9)Hirano T, et al. Retina 2017; 61(1): 51-60.
10)Sugimoto M, et al. Sci Rep 2019; 9(1): 12373.
11)Brown DM, et al. Ophthalmology. 2013; 120(10): 2013-2022.
12)Heier JS, et al. Ophthalmology 2016; 123: 2376-2385.
13)Wells JA, et al. Ophthalmology. 2016; 123(6): 1351‒1359.
14)Avery RL, et al. JAMA Ophthalmol 2016; 134(1): 21-29.
15)Maloney MH, et al. Ophthalmology 2021; 128(3): 417-424.
16)Shimura M, et al. Br J Ophhthalmol 2020; 104(9): 1209-1215.
17)アイリーアⓇ硝子体内注射液40mg/mL 特定使用成績調査(PMS)の最終報告 -糖尿病黄斑浮腫(DME )- アイリーア適正使用ガイド(第5版)
18)The Diabetic Retinopathy Clinical Research Network: N Engl J Med. 2015;372: 1193-1203.

Protocol T試験(海外データ):安全性

主な有害事象(2年間)

試験眼に発現した眼の有害事象

  • アフリベルセプト2mg投与群:224例中、霧視54例(24.1%)、硝子体浮遊物41例(18.3%)、結膜出血34例(15.2%)、白内障28例(12.5%)、眼痛25例(11.2%)、視力低下22例(9.8%)、眼乾燥20例(8.9%)、囊下白内障17例(7.6%)、眼刺激16例(7. 1%)、流涙増加15例(6. 7%)、硝子体出血15例(6. 7%)、視力障害12例(5. 4%)であった。
  • ラニビズマブ0.3mg投与群:218例中、霧視50例(22.9%)、硝子体浮遊物49例(22.5%)、結膜出血26例(11.9%)、眼痛23例(10. 6%)、視力低下22例(10.1%)、眼乾燥20例(9. 2%)、眼そう痒症16例(7. 3%)、眼刺激15例(6.9%)、白内障13例(6. 0%)、流涙増加11例(5. 0%)、眼充血11例(5. 0%)であった。

全身性の有害事象

  • アフリベルセプト投与群:224例中、高血圧39例(17.4%)、鼻咽頭炎39例(17.4%)、咳嗽22例(9.8%)、貧血、頭痛および副鼻腔炎 各20例(8.9%)、嘔吐および尿路感染 各17例(7.6%)、インフルエンザ16例(7.1%)、コントロール不良の糖尿病、高コレステロール血症、上気道感染 各15例(6.7%)、胃食道逆流性疾患、季節性アレルギーおよび慢性腎不全 各14例(6.3%)、低血糖、背部痛および浮動性めまい 各13例(5.8%)、悪心、転倒、腎不全、気管支炎および蜂巣炎 各12例(5.4%)であった。
  • ラニビズマブ投与群:218例中、高血圧44例(20.2%)、鼻咽頭炎29例(13.3%)、インフルエンザおよび頭痛 各20例(9.2%)、上気道感染19例(8.7%)、肺炎および副鼻腔炎 各18例(8.3%)、背部痛17例(7.8%)、貧血15例(6.9%)、コントロール不良の糖尿病、浮動性めまいおよび咳嗽 各14例(6.4%)、下痢、ウイルス性胃腸炎、悪心 各13例(6.0%)、うっ血性心不全、ビタミンD欠乏、腎不全、尿路感染および蜂巣炎 各12例(5.5%)、低血糖、末梢性浮腫、季節性アレルギー、転倒、脱水、関節痛および気管支炎11例(5.0%)であった。

(ICH国際医薬用語集(MedDRA)のコード化を用いたメディカルモニターに基づく事象)
*:発現率5.0%以上とする

【Protocol T試験(海外データ)】13,18)

試験概要

目的

中心窩に及ぶ糖尿病黄斑浮腫(DME)を有する患者を対象に、(1)アイリーア硝子体内投与、(2)ベバシズマブ硝子体内投与、(3)ラニビズマブ硝子体内投与の有効性および安全性を比較検討すること

試験対象

中心窩に及ぶDMEを有する患者660例660眼※1

試験デザイン

多施設共同無作為化比較試験

投与方法

対象患者を、アイリーア2.0mg投与群、ベバシズマブ1.25mg投与群、ラニビズマブ0.3mg投与群の3群に無作為に割り付けた。いずれの治療群においても、初回投与後は再治療プロトコルに従って再治療が行われ、24週目以降はレーザー実施基準に従ってレーザー治療が実施された。52週目までは4週ごと来院とし、52週目以降は4週ごと来院を基本とし、疾患状態および治療内容に従って8週ごと、16週ごとの来院に延長可能とされていたが、52週目と104週目は全患者の来院が規定されていた。

評価項目

主要評価項目:1年目における最高矯正視力文字数のベースラインからの変化量(ベースラインの最高矯正視力で調整)
副次評価項目:1年目における中心サブフィールド厚(CST)の変化量 など
主な安全性評価項目:投与手技に関連する※2、薬剤に関連する(眼※3、全身性※4)有害事象 など
その他の評価項目:2年目における最高矯正視力文字数のベースラインからの変化量(ベースラインの最高矯正視力で調整)など

解析計画
  • 主要評価項目については、ベースライン視力を調整した共分散分析(ANCOVA )により群間比較を行う。その際、Hochberg法により多重性の調整を行う。欠測値については多重代入法を用いて補完する。平均値から3SD以上の外れ値は除外する。
  • 副次評価項目については、評価項目に応じ、ベースライン因子を調整したANCOVAなど適切な手法を用いて検討する。
  • 安全性評価項目については、片眼のみ、あるいは両眼とも投与を受けた患者群ごとの全身性有害事象の発現状況についても検討する。
  • 事前に規定した解析として、主要評価項目および副次評価項目(1年目におけるCSTの変化量)について、ベースライン視力(<20/40 vs ≧20/40)による層別解析を行うとともに交互作用についても検討する。
  • 2年目については1年目の統計解析手法を踏襲する。

※1:試験対象眼は各患者片眼のみとする
※2:眼内炎、牽引性網膜剥離、裂孔原性網膜剥離、網膜裂孔、白内障、眼内出血、眼圧上昇
※3:炎症、牽引性網膜剥離、牽引性網膜剥離の悪化・黄斑部への進行
※4:高血圧、腎事象、胃・消化管事象、APTC定義に基づく動脈血栓梗塞事象

13)Wells JA, et al.: Ophthalmology. 2016: 123(6): 1351-1359.
18)The Diabetic Retinopathy Clinical Research Network: N Engl J Med. 2015; 372: 1193-1203.

利益相反:
本試験で用いられた薬剤(アフリベルセプト)はRegeneronより提供された。著者にRegeneron、Bayerから経済的支援、謝礼を受領している者13,18)、Regeneronの株式所有者13)が含まれる。
なお、本試験の資金提供組織はNational Institutes of Health(NIH)であり、プロトコルの作成、実施、データの管理についてはDRCR.netが主体である。

【アフリベルセプト硝子体内注射液40mg/mLのPMS】17)

調査概要

調査目的

アイリーアの使用実態下における安全性、有効性情報の収集

調査対象

DMEの治療のためにアイリーアが投与される患者で、アイリーアの使用経験のない患者

調査方法

EDC(Electronic Data Capture)を用いた中央登録方式

調査予定症例数

600例

調査期間

2014年11月~2019年4月

観察期間

アイリーア投与開始から最長2年間

主な評価項目

安全性に関する事項
副作用・感染症の発現状況(副作用等の種類・重篤度・発現率及び発現時期)
硝子体内投与手技との関連性が完全に否定できない有害事象を含めた眼局所の有害事象及び重篤な有害事象
患者背景因子別の副作用等の種類及び発現率
医薬品リスク管理計画に基づく安全性検討事項の発現状況 など

投与状況
アイリーアによる治療の継続割合 など

有効性に関する事項
視力改善/維持の割合 など